熱い心とまぶしすぎる輝き――
『レガッタ!』『きみはジョッキー』『レーシング少女』を通して私が感じたこと
<1> レガッタ! 編


 
 よくCDを「ジャケ買いする」なんていう言葉を聞きますが、この『レガッタ!』という物語を手に取ったのも、まさにそんな感じでした。……初めて行った図書館の新刊コーナーに並べられていたこの本の表紙になっている女の子がとても可愛くて、それがどうしても振り切れなくて、借りて読んだのです。
 
 「まあ、若い人向けの本だろうからね。……とにかく読んで、さっさとケリをつけよう」
 
 そういう気持ちで読み始めました。
 
 そして、予想以上の熱さにすっかり心打たれました。斜めに見ることができない、ごまかすことのできない熱さがそこにはあったのです。……私自身が感じたその気持ちを尊重し、物語を動かしている登場人物の子たちの気持ちを尊重したいので、今回はあえて思いっきり青臭い雰囲気を出していきたいと思います。
 
 
 主人公『飯塚有里』は、元々スポーツ少女でした。中学ではバドミントンをやり、かなり活躍していたのですが、厳格な父親から「スポーツなんかやっている暇があったら勉強しろ」と言われ、中断させられた過去があります。
 
 おまけに大学生の姉からも「たかがスポーツに、そんなにむきになるなんて」「オリンピックの選手になるわけでもあるまいし」と冷淡な言葉を浴びせられます。……それで、
 
 「だったら、なってやろうじゃないの。オリンピックの選手に」
 
 つって、県内でもトップクラスの学力と言われる高校に入学し、同じくトップクラスの実力を有するボート部に入部したのでした。
 
 そういういきさつだったので、基礎体力もモチベーションも同期生の中ではずば抜けていたのですが、同時にちょっとズレているところがありました。以前からずっとボートをやっていたからその流れではいったとか、新入生歓迎イベント(漕ごう会)で面白かったから入ったとか、そういった明確な理由がない。ズレているというか、浮いているというか。1年生の中では孤高の存在となっていたのです。
 
 こういう状況になったら多少は気持ちが揺らぐものだと思うんですが、有里の気持ちはあくまでもオリンピックに向けてまっしぐら。別に周りと馴れ合う必要もない、と『湾岸ミッドナイト』の登場人物並にわが道を突き進みます。
 
 このあたりで私も、当初の「さっさとやっつけてやろう」という気持ちを改めました。想像以上にタフな身体と心を持つ有里に惚れてしまったのです。……といっても、私はすでに30代ですし、身の程も知っているつもりです。だから、男女交際をしたいという意味での『惚れた』とは少し違います。男とか女とかいう以前に、ひとりのアスリートとして気に入った。だから熱さをもって応援したくなった。そういうことです。
 
 
 『レガッタ!』は全部で3冊に分かれています。それぞれ1年生編、2年生編、3年生編となっています。
 
 ここで詳しいあらすじをつらつらと書き出しても仕方がないので、シンプルに思ったことを書くと、やはり「スポーツに熱くなるのは、すごく気持ちのいいこと」なのだということです。これは、この後に続く『きみはジョッキー』『レーシング少女』にも言えることなんですが、一言で表すとそんな感じです。
 
 付け加えて、私自身はボート漕ぎも乗馬もバイクの運転もできませんが、それを横から見て応援するというスタンスでもそこに参加できるということを教えてもらったのが、コレでした。
 
 アスリート自身が頑張るのは当然ですが、周りの人が声援を送ることで、よりいっそう力がわく。いいタイムを出すとか、優勝するとか、それを果たせるのはアスリート本人だけど、それを間接的に手伝うことはできる。そして一緒に感動することができる。
 
 そして、人の強さは周りの誰かと本人の熱さ、ひたむきさによって生まれるのだということですね。これは今まで嘘とごまかしでやり過ごしてきた犬神が、一番認めたくないことでした(それを認めると、努力しない私のこれまでの人生を全否定することになるから)。でも、実際そうなんだから仕方がないということを見せ付けられました。
 
 うまくいかないこともあります。そのたびに悩んだり苦しんだり混乱したり当り散らしたりすることも、あります。「目標に向かって、それでも前に進み続ける」というのは当然ですが、選手生命に関わるような重大な出来事にぶつかって、もうどうしたらいいのかわからないなんて場面に出くわした時、果たしてどうするのか?……これまで似たような場面に差し掛かった時はサッサと土俵を割っていたので、この『レガッタ!』という物語には完全に打ちのめされました。
 
 認めるしかないでしょう。
 
 ……かくして、そんな基本的なことをかれこれ32年も生きてきてようやく体験(本を読み、自分の心の何割かを有里に重ね合わせたこと)として獲得したのです。
 
 
 この経験は、ずっと前から止まっていた時間を動かす原動力になりました。2010年頃から止まっていた世界。途中まで読み進めてはいたものの、それきりずっと止まっていた『きみはジョッキー』の世界。  


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