全力で挑む、全力でもまれる
――2008年7月31日 秋田県秋田市・桂浜において



 海が好きで、時々120キロほど東に行き、太平洋を眺めたりすることがあります。

 童謡ではありませんが海は広いし大きいし、山とか森とかそういうのに囲まれてすごしている犬神に とってはまさに別世界。ゴチャゴチャしたことをすべて海にばら撒き、再び日常に戻る……というのは 、そう気軽にできるわけではありませんが、私のお気に入りです。


 ただ、その海に自ら入って泳いだりする、というのは考えられませんでした。海は見るものであって 、体験するものではない、と思っていたからです(泳ぎが得意ではないし)。

 そういうわけでここ数年は、海に行くことはあっても海に入ることはありませんでした。


 ところが先日、あろうことか身ひとつ(といっても水着等、最低限の用意はしましたが)でふらりと いつも行く三陸海岸の反対側、日沈むところの街、秋田は桂浜海岸に行ってきました。

 秋田というのは私が幼いころに住んでいた街だそうで、ある意味では第二のふるさととでもいうべき 土地なのですが、記憶をどれほどたどっても当時のことは覚えておらず、あまり実感はありません。と はいえ両親、および5つ上の兄者にとってはそれなりに思うところのある土地なので、聞かされている うちに何となくその気になってしまっている、というのが正直なところです。

 夏だから、というのもあります。弟者の「海に行きたい」という言葉に背中を押されたのも事実です 。ただあくまでも今回は自分の意志での旅行でした。

 「昔は楽しかった」ではなく、「昔も楽しかったけど、今も楽しい」――それを証明したくて、とに かく午前8時ころに飛び出したのでした。
  

 とりあえず、3時間。

 私の脳内のオートマップは46号線、角館の雲沢観光ドライブインくらいまでしかなく、そこから先 はまったくの未知の領域でした。とりあえずマップルは持ってきたものの基本的には岩手県の地図。頼 りになるのは道路の案内標識とカン。……と思っていたのですが、今回はひとりではなくふたり。それ に大まかながらも北東北主要道路の地図もついていたので、それを見ながらひたすら西進。

 46号から13号、そして7号線へ。市街地を通り抜け、地図をふたりで見ながら、「たぶんここだ ろう」と思われる交差点を左折し、国道7号を山形方面へ。

 「海沿いの道路を走った方がいいんじゃない?」と言われつつも、降りるタイミングを失して不安な 気持ちになりつつ走る。すると程なくして右側に「桂浜海水浴場 入り口」と書かれたアーチが! う おっ! てなものでハンドルをこじり、何と一度も迷うことなく目的地へたどり着いたのでした( 故・方倉陽二氏の「のんきくん」みたい)。


 入場料、400円ナリを支払い、車を止めてひとまず海岸を眺めてみると、人はそれほど多くありま せんでした。何せ平日ですものね。夏休み中の中学生+シフト勤務の社会人タッグの勝利と言うべきで しょうか。

 人目をはばかることなく駐車場で服を着替え(タオルで隠しながら)、熱い砂を踏みつつ数年ぶりの 海へ。本来なら準備運動のひとつもしてからというものなのでしょうが、何せ数年ぶりなのでつい舞い 上がっていきなり飛び込んでしまいました。

 いつも見るだけだった海の水は……とても塩辛かったです。そうに決まってるだろ! とは思うので すが、それでも実感として、体験としてそういうことを知ったのが、妙に新鮮でした。あと水の色はひ どく濁っていて、エメラルドグレー・アキカンゴロゴロといった具合でしたが(注・実際には空き缶は ありません)、そんなことはどうでもよろしい。人気がそれほどないので全力で手足を動かし、泳ぎま した。

 理論を実践へ。頭の中にあるイメージを実際に試し、その中で得られた経験からさらにアレコレ試し てみる。あえて時間を気にせずにひたすらそんなことを続け、午前11時から午後3時まで。途中、昼 飯を食べるために上がった30分ほどを除けばほぼず〜っと海の中にいました。


 学校の授業では、クロールはこうしなさい。平泳ぎはこうしなさい。と、正しいフォームを教えてく れます。間違ったフォームをやれば、それを正してくれます。

 私はその正しい形でできなかったので、あまり楽しくありませんでした。加えてちゃんとできるよう に練習するのが嫌だった、という極度のめんどくさがりもあって、正しい泳ぎ方を身につける機会のな いまま27年をポンと過ごしてきました。

 だからこうして、色々とヘンテコな泳ぎ方を試すことができたのかもしれません。ハタから見ればお ぼれているのとあまり変わらないようなものもありますが、とにかく自分の手足の動かし方で浮いたり 沈んだり、進んだりなんだりできるのが、とても面白かったのですね。


 もちろん、そういった独自泳法の研究ばかりではなく、普通の泳ぎ方の練習もしました。

 クロールで息継ぎができるように。背泳ぎができるように。

 で、結果どうだったかと言うと……

 一応、顔を上げることはできるようになりました(息を吸い込むタイミングを練習中)。とりあえず 顔を水面上に出すことができるようになりました(耳とか鼻に水が入りすぎてギブアップ)。つまり実 際に、上手にできるわけではないのですが、どういうことなのか、その片鱗だけは感じることができた 気がします。

 そういったことに15〜20年ほど前に気づいていれば、今の私はそこそこ泳げる人間になっていた のかもしれません。まあこれは仕方がない。少々遠回りをして生きてきて、ようやく普通の人がずっと 前に通過したところに差し掛かったのですから。


 とにかく泳ぎまくりの1日でした。とにかく楽しくて、全力で遊んできました。もちろん私がどれほ ど泳ぎまくろうと、海はびくともしません。だから海はえらい。そして私も、頭のネジがぶっ壊れるほ ど遊んでいられる。


おまけ

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